▲当時の運行機関車。
「歴史」
鞆鉄道線(ともてつどうせん)は、鞆鉄道が福山駅 - 
鞆駅間で1913年(大正2年)から1954年(昭和29年)まで
運行していた鉄道路線。元々軽便鉄道として開通したため、
軌間762mmのナローゲージを用いていた。
また、同線で使用されていた蒸気機関車の煙突が
ラッキョウの形に似ていたため、「ラッキョ汽車」とも呼ばれていた。(Wikipedia参考)

「沿革」
・1910年(明治43年)9月5日 鞆軽便鉄道発起人井上角五郎他に対し鉄道免許状下付(鞆 - 福山間)。
   11月18日 鞆軽便鉄道株式会社設立 

・1913年(大正2年)11月17日 野上 - 鞆間が開業。軽便鉄道法に基づく軽便鉄道線であった。

・1914年(大正3年)4月12日 福山町 - 野上間が開業。

・1919年(大正8年)
   1月1日 福山町を鞆鉄福山に改称。
   7月 台風により草戸稲荷-野上間が壊滅的な被害を受ける。芦田川橋梁の橋脚流出。

・1925年(大正14年)7月 置き石により機関車が転覆。機関士が死亡。

・1926年(大正15年)12月19日 軽便鉄道線を地方鉄道法に基づく鉄道路線へ変更し、社名を鞆鉄道とする。

・1928年(昭和3年)12月23日妙見-野上間線路新設付け替え
  (芦田川改修工事に伴い在来線路が新川敷となるため)

・1931年(昭和6年)9月10日 福山 - 三ノ丸間が開業。鞆鉄福山を三ノ丸に改称。

・1954年(昭和29年)3月1日 全線廃止。並行するバスが多く走っていたため、それに代替。